なりきり自慢
僕は読書をすると行動に影響が出るらしい。
先日は、村上春樹の『1Q84』のBOOK3を読んでいたら、牛河という私立探偵が妙に気に入りました。
「俺にはとりたてて才能はないけど、粘り強さだけは自信がある。それだけで飯を食ってきた」
このようにうそぶく牛河に影響されて、僕も『1Q84』BOOK3を読書している間は、一時的に、辛抱強く、我慢強くなりました。
粘り強さや我慢強さといった、どちらかというと地味な特性も、なりきってしまうと、すばらしい美徳のように感じられたものです。
読み終わって数日がたち、牛河の影が薄くなると、また元の自分に戻ってしまったのですが。
カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』を読んだときは、主人公に引きつけられました。
基本的に、主体性のない、意志の乏しい、気力や活力のない人物で、本を読んでいるあいだ、僕もそんな人間になっていました。
こちらは元々の僕の性格に近いためか、違和感は少なかったのですが、牛河時代の粘りはどこに行ったんだろうと思いました。
「辛抱強く」という素晴らしい美徳に感じられたマジックワードも、別の小説を読み始めて、世界の相貌が変わってしまうと、色褪せてしまうのでした。
次は何を読もうかなと思っているところなのですが、恩田陸の『蜜蜂と遠雷』が面白そうなのでそれにしようかと思っています。
青春小説らしいので、今度は気持ちが若返るのではないかな、と思っています。