たー坊の日記

読むこと、聞くこと、書くこと、世界の探求

或る日突然

僕の初恋は、或る日突然でした。高校1年の時でした。僕と違って活発で友達も多い子でした。その子が席替えの時、なんだかそわそわしていました。席順なんか力のある子はどうとでもできます。なんの接点もないと思っていた僕たちの目が、ふと合いました。そ…

最高の朝食

最高の朝食ってなんだろう。少し考えてみた。 まず朝7時に食べるときは、他のいろんなことがうまく回っているはずだ。遅くまで飲み過ぎたということもないだろう。そしてその日はきっと何か素敵な予定があるに違いない。 前日、酒が控えめなのは、どうして…

「疾走する悲しみ」の意味論

モーツァルトの曲を評して、「疾走する悲しみ」といわれることがあります。 ピアノソナタ第8番やピアノ協奏曲第20番とかは典型だと思います。 この二つの曲に共通するのは、モーツァルトには珍しく短調の曲だということがあります。 短調はもの悲しく聞こえ…

ひとりめし

しばらく気が進まなくて、外食に行きませんでした。 マックとかモスでテイクアウトをすることはあったのですが、お店の中で食事をすると、人目や声をとても気にするようになったからです。 でも、最近少しずつ調子がよくなってきたし、お腹がとてもすいてい…

失われた時間を求めて

竹内まりやさんの「駅」は、酒を飲みながら繰り返し聴いていると、人目もはばからずに号泣してしまう恐ろしい曲です。 なんでそんなことになってしまうかなぁと折にふれて考えてきました。 歌詞をつらつら追いかけてみるに、よくできたストーリーだとは思い…

グルダの美学

マルタ・アルゲリッチの伝記を読んでいました。 アルゲリッチが故郷のアルゼンチンを離れ、オーストリアのウィーンで師事することになるのがフリードリヒ・グルダです。 アルゲリッチは「グルダの美学」に惚れ込んでいました。 一般的にピアノソナタでは、男…

『騎士団長殺し』のどこがすごいか

村上春樹さんの新作『騎士団長殺し』を読みました。 毎度の馬鹿自慢になりますが、このタイトルのもととなったモーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」について僕は何も知りませんでした。 でも、ちゃんと小説を読めば、予備知識が皆無でも「ドン・ジョ…

第九コンサートに行ってきた。

先日、第30回「県民による第九」というコンサートに行ってきました。 会場は一階席がほぼ満員という盛況ぶりで、「県民による」という修飾どおり、若い人からお年寄りまでいろんな人が集まっていました。 チラシを見て「ブルックナーやるん?」という声が聞…

鳥大フィルハーモニー管弦楽団の第48回定期演奏会に行ってきた。

先日、鳥取大学フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会に行ってきました。 48回目となる今回の曲目は、モーツァルト「フィガロの結婚」序曲、ベートーヴェン「交響曲第1番」、ブラームス「交響曲第1番」、アンコールにブラームス「ハンガリー舞曲第1番」とい…

2016/10/21の鳥取地震について

先月21日に鳥取地震が発生しました。 僕は鳥取県東部に住んでいますが、突然ガタガタ揺れ出して、次第に揺れが大きくなり、ものが落ちてきたりしました。(ぬいぐるみ1個だけでしたが) その後はNHKの報道にもあったとおり、余震が続き、1週間ぐらいは大きな…

なりきり自慢

僕は読書をすると行動に影響が出るらしい。 先日は、村上春樹の『1Q84』のBOOK3を読んでいたら、牛河という私立探偵が妙に気に入りました。 「俺にはとりたてて才能はないけど、粘り強さだけは自信がある。それだけで飯を食ってきた」 このようにうそぶ…

私は客観である。

言葉を字面で真に受けてしまう人ほど、自分は主観であって客観ではないと思ったことがないでしょうか。 このことは一面では正しいのですが、別の面では間違っています。 なぜなら、鼻からあなたは客観だからです。 「私はこう思う」というのは、主観であると…

あなたの中にブルックナーはいるか? 高原英理『不機嫌な姫とブルックナー団』

クラシック音楽の読み物は、難解になるものが少なくない。 ことば自体が馴染みの薄いイタリア語だったり、何を指しているのか分からなかったりすることが多いからだ。 音楽経験がないと、アダージョの意味を覚えたり、ハ短調とは何かを理解するのも困難であ…

ことばと心、肉と身体

今年の夏はいろんな意味で暑かった。 メディアが連日リオ・オリンピックで賑わっていたし、個人的には甲子園大会も連日テレビで観戦した。 そして例年になく地元鳥取市の気候が暑かった。 甲子園とオリンピックがほとんど同時に終わって、ちょうど夏の暑さが…

獣道

ようやく梅雨が明けそうになると、仕舞ってあったアサヒのクロスバイクを出してサイクリングに出かけた。 通信販売で買った自転車で、整備にやや不安がある。 実際、前輪のブレーキを固定するねじの締め忘れがあって、ブレーキがぐらぐらしていた。 フレーム…

健康と芸術とマンガ家と 吾妻ひでお『失踪日記』『アル中病棟』

このところブログを更新することができませんでした。 ほとんどなにも頭に浮かばない状態で、小説を読んでも長続きせず、昨夜はマンガを一話読んでくたびれるというありさまでした。 そのマンガが吾妻ひでおさんの『失踪日記』で、あんまりおいしそうにお酒…

コミュニケーションの前提とルール

最近本を読んでいて目を開く思いだったのが、松浦弥太郎『考え方のコツ』でした。 「暮しの手帖」の編集長をされているそうですが、コミュニケーションについての考え方はなるほどと腑に落ちるものでした。 まずコミュニケーションの前提は、自分が幸せでい…

受け手としての大瀧詠一

大瀧詠一という人を知っているだろうか。 数年前にお亡くなりになられましたが、いまでも熱心なフォロワーが沢山いて、その人たちはナイアガラーと呼ばれています。 僕がフォローし始めたのはごく最近のことで、失礼があっては困るのだけど、大瀧詠一さんの…

妄想する脳 消化する身体 

何か買ってきても、どうも僕は消化しきれないことが多い。 食べるものに関しては大丈夫だったのだが、最近食べきれなくて残すことが多い。 年齢を重ねているのは内臓も同じことなのだ。 少しは身体をいたわらねばと思う。 そもそも消化しきれないのは、買っ…

スランプの時に必要な小さな成功体験

最近、なんとなく調子がよくない。 なにをしたらいいか、モヤモヤしながら、同じ所を堂々巡りしている。 自信を失って、目標も見えなくなった。 こんな時はスランプを疑ってみてもいいかもしれない。 スランプに陥った場合、気分転換をしてもあまり効果がな…

「タックのうた」とともに半生を振り返る

タックの歌 朝、iPhoneで音楽をシャッフルさせながら散歩をしていたら、「タックのうた」がかかった。 「タックのうた」というのは、ウルトラマンエースに出てくる超獣攻撃隊「TAC(タック)」を称えるうたである。 会計士受験予備校のTACとは、たぶんなんの…

ユーモア音楽のロッシーニ 「泥棒かささぎ 序曲」

クラシック音楽にはどこか厳めしさが付きまといます。 しかしそれを振り払うかのような逸話や楽曲も存在します。 学校のベートーヴェンの肖像画が厳めしいのは、昼飯がまずかったからだとか。 真偽は定かではありませんが、一定の説得力を持ちます。 なぜな…

一の成立の起源

一はどのようにして成立したか。想像するに、矛盾律を発見したことで成立したのではないか。矛盾律とは、Aであり同時に非Aであることはできないというものだ。具体的にいうとこういうことだ。僕はこのリビングの椅子に座りながら、となりの部屋のソファに座…

続・自己分析 自分の強み診断の結果と公平性について

先日の振り返りに続いて、自己分析をしてみた。マーカス・バッキンガム&ドナルド・O・クリフトン『さあ、才能に目覚めよう』(日本経済新聞出版社)という本のおまけでついてくる「ストレングス・ファインダー」というものを試してみた。177個の質問に答え…

目のくらむ映画をみているような ラヴェル「ピアノ協奏曲」

パシッと一発、鞭を入れて曲が始まる。 あるいは映画のカチンコのような音だといってもいい。 この音を聴いただけで、「ラヴェルってかっこいいな」と思い、曲に引き込まれる。 ラヴェルは19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの作曲家である。 作風は…

フォーエヴァー、お姉ちゃん 水谷優子さんを偲んで

「ちびまる子ちゃん」のお姉ちゃん役をされていた声優の水谷優子さんが亡くなった。 あまりにも若く、突然の訃報に驚いた。 「ちびまる子ちゃん」が始まったのは、僕が中学生の頃だった。 いまでは日曜夕方の定番番組になっているが、はじまったころはある種…

なりきり古代人として 近藤ようこ『死者の書』

近藤ようこ『死者の書』上下巻を読みました。 原作は民俗学者・国文学者の折口信夫です。 僕は本も漫画も読むのが遅いのですが、この漫画はほとんど一気読みしました。 藤原南家、豊成の娘、郎女(いらつめ)は、外の様子も知らない箱入り娘でしたが、千部写…

それでも「LIFE」なのさ 小沢健二『LIFE』

しばらく小沢健二の『LIFE』を聴き続けた。 今さら気恥ずかしい気もするのだけど、とてもいいアルバムだと思う。 渋谷系は敷居が高い感じがするし、小沢健二という人には熱心なフォロワーがいることなどもあって、僕みたいな無教養な人間には縁のないものだ…

引用のドヴォルザーク 交響曲第9番

個人的にドヴォルザークの交響曲第9番は、よく引用の対象になっていると思う。 この曲を聴いていると、ちぐはぐな印象を受けるのだけど、それは様々なところで引用されたものを聴いて、僕自身の記憶が粗いモザイク状態になるからだと思う。 ベートーヴェンの…

もしも、わらべが会計事務所に勤めていたら

僕にはそのことを実証する資格も能力もないのだけど、1980年代の日本には仮定法が広がっていたのではないかと思う。 いまの日本は同じ if 節でも、どちらかといえば条件節で現実的な考え方をするが、80年代はもっと仮定法過去のように考えたのではないか。 …