可能性の条件について

可能性の条件という言い方をどこで覚えたのだろうと思って、ググって調べてみた。

カント哲学や法律、行政方面で使われているらしい。
どうやら、僕はカントを学校で聞きかじっているうちに覚えたらしい。
そういえば耳慣れないうちは、意味をつかむのに苦労した記憶がある。
 
事実問題と権利問題というのがあって、カント哲学では区別して考える。
事実問題は事実の確定に関わる問題で、権利問題は法律がその一例で、所謂べき論である。
僕は哲学も法律も専門ではないが、「働いていない」は事実問題で、「働くべきだ
」「働いていないからダメだ」は権利問題になる。
働いていないかどうかは調べればわかるが、働いていないからダメかどうかは議論の余地がある。
両者を混同すると、話しがかみ合わない。
だから事実と意見は区別しなければならない。
 
可能性の条件は、「〜が成立する可能性の条件」とした方がわかりやすい。
例えば、「中立な立場の可能性の条件」をパラフレーズすれば、「中立な立場は成立するか、そして成立するとしたらどのような条件でなのか」となる。
これがたぶん権利問題。
 
そして、別々にした事実問題と権利問題を、もう一度交差させて現実にする。
なんのために分けたかというと、現実的で有効な思考をするための問いを立てるためだと思う。
条件を考えたら、一個ずつ事実を検証して言説の有効性を評価する。
「この条件では、できる」または「できない」というように。
たぶんカントはそのように考えたのだと思います。
 
哲学とカントに感謝。
 (ホントかよ?)
 

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