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turboの日記

読むこと、聞くこと、書くこと、世界の探求

18歳の自分へ

個人的な話になりますが、僕は18歳の時に大学をドロップアウトしました。

その後もう一度大学に入り直して卒業しますが、一度ドロップアウトした事実は、無意識のレベルでずっと尾を引いていたように思います。

きっかけは、ささいな行き違いでした。

大学の職員とお世辞にも融通が利くとはいえないやりとりをして、心底うんざりしました。

とはいえ、ドロップアウトするという決断は、18歳になりたての若者にはいささか性急で重すぎる判断でした。

 

その時から、これからどうしようというぼんやりした不安を抱えたまま生きてきたような気がします。

いまになって振り返ってみれば、なにかを起こすと必ずリスクをとらなければならないという事実に直面していたのだろうと思います。

リスクをとるのはポリシーではありません。

なにかを選べば、別のなにかは選べないというシンプルな法則です。

 

僕のポリシーは「持たない」だったのかもしれません。

途中でぶれたり、気持ちが揺らぐことが全くなかったわけではありませんが、だいたいそれで通してきた感があります。

そしてポリシーを持つというか、半ば強制的に持たされると、その線で物事が回り始めます。

「持たない」なんてポリシーを持つと、求めることが下手くそなまま成長しないのです。

車は人生で一度も所有したことがないのですが、そうするとどうすれば車を所有することができるのか、具体的にイメージすることができません。

そういうことだろうと思います。

 

しかし僕は車を所有したことはありませんが、運転免許は持っています。

結局、車も親に借りているのです。

持たないで生活することはできません。

レンタカーだって会社が所有しているのです。

世界は貸した借りたで満ちていますが、たいてい借りたものは返すことになっています。

単なるメタファーではなく、これも世のセオリーの一つだろうと思います。

もう一度18歳の時に戻ってやり直せるとしたら、事務員の慣習にならうことを学ばなければならないだろうと思います。

 

40歳を過ぎるとそれまでの借りの返済を迫られるといいますが、あとどれくらい返したらいいのか考え込んでしまいます。

新年にあたって、少しでも返せるようにしたいと抱負を述べてみました。