たー坊の日記

読むこと、聞くこと、書くこと、世界の探求

なりきり古代人として 近藤ようこ『死者の書』

近藤ようこ死者の書』上下巻を読みました。

原作は民俗学者・国文学者の折口信夫です。

僕は本も漫画も読むのが遅いのですが、この漫画はほとんど一気読みしました。

 

藤原南家、豊成の娘、郎女(いらつめ)は、外の様子も知らない箱入り娘でしたが、千部写経を果たすと、二上山に俤(おもかげ)びとの姿を認め、誘われるように家を出ます。

俤びとというのは、漫画では巨大な聖人の幻みたいなものとして描かれています。

ちなみに僕は、鎌倉大仏を想起したりしました。

外に出て当麻寺の女人結界を犯した郎女は、山の庵で物忌みをすることになります。

謹慎処分みたいなものですかね。

そこで郎女は語り部の老女から非業の死を遂げた大津皇子の話を聞いて、二上山の俤びとと重ね、大津皇子の亡霊とまみえます。

そして蓮糸で編んだ布に俤びとの絵を描いて曼荼羅にすると、さまよう魂を沈めるとともに、自らも姿を消すという幻想的なお話です。

 

原作を読んだことはありませんが、絵の力に引き込まれました。

郎女のどこか遠くを見ているような、焦点の定まっていないような目。

ちょっと何を考えているのかわからない感じが、危うくも貴い感じがして、物語の世界に吸い込まれていきました。

また死者の魂を扱うわけだし、危険じゃないはずがないのですが、ほっこりした感じの絵のおかげでしょうか。

あんまり怖いという印象は受けませんでした。

 

郎女は一族の物語はすべて暗記していながら、人の言葉を疑うことを教えられていないというような人でした。

また家の中で乳母らに育てられ、世間というものを知らない。

そうした設定から、言葉を全部真に受けるってどんな感じかなぁとか、ぼんやり考えながら読んでいたのですが、そのおかげでこのお話はより幻想的になっているように思うのです。

 

奈良時代平城京の頃のお話ですが、その頃の人々はどんなことを考えたり感じながら生きていたのか。

現代とは異なったパースペクティヴだったことは間違いないわけで、できる限り現代人としてではなく古代人になりきって読むととても面白いと思います。

原作にも挑戦してみようかと思いました。

 

 

死者の書(上) (ビームコミックス)