もしも、わらびが会計事務所に勤めていたら
僕にはそのことを実証する資格も能力もないのだけど、1980年代の日本には仮定法が広がっていたのではないかと思う。
いまの日本は同じ if 節でも、どちらかといえば条件節で現実的な考え方をするが、80年代はもっと仮定法過去のように考えたのではないか。
仮定法過去というのは、現実とは違うことを「もしも~だったら」と考える英語の文法で、日本語にはそのような文法が存在しないため、英文法の中でも理解が難しい項目だとされている。
にもかかわらず、僕は日本語で仮定法過去のような思考ができないとは考えない。
僕は英語を専門にしているわけではないけど、現実と違うことをあえて条件文におく仮定法過去の思考は、現実を拡張する比喩みたいなものだと思っている。
(間違っていたらごめんなさい。)
その上で、80年代の文化風俗を顧みて、そこには仮定法過去的なものが横溢しているのではないかと思うのだ。
例を挙げてみよう。
「青春歌年鑑デラックス’80~’84」には、タイトルが「もしも」で始まる曲が2曲入っている。
西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」と、わらべ「もしも明日が・・」である。
西田敏行は「だけど僕にはピアノがない」とはっきり歌っている。
わらべは「愛する人よ そばにいて」と歌っているが、おそらく愛する人がそばにいないのだろう。
「もしも」ということで言えば、ドリフターズの「もしもシリーズ」というショートコントがある。
もちろんコントのようなシチュエーションがそうそうあるわけがない。
仮定法過去的な思考には「もしも」は必ずしも必要ない。
たとえば比喩は、そのものではないという意味で仮定法過去的な役割を果たす。
もっと手っ取り早くいえば、「夢ですよ」と一言つけ足してしまえば「もしも」の世界だといっていい。
80年代は「夢」をモチーフにした作品が多いような気がする。
「夢で逢えたら」「夢で会いましょう」といったものが端的にいえばそうだ。
「夢で逢えたら」は大瀧詠一の曲であり、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、野沢直子、清水ミチコが一堂に会した深夜番組のタイトルでもある。
わらべは「もしも明日が・・」で「夢で会いましょう」と歌っているし、村上春樹と糸井重里は「夢で会いましょう」というタイトルの共著を出している。
そういえば村上春樹は「1Q84」で、80年代の東京でパラレルワールドに迷い込む長編小説を書き、糸井重里は「ほぼ日刊イトイ新聞」で「ほぼ」といいながら毎日更新を続けている。
「もしも」といったら、頼りないし、最近あまり見かけないような気がする。
比喩は村上春樹が使い尽くしてしまったかもしれない。
夢を見るのも流行らないといったら言い過ぎだろうか。
現実がつらすぎるのか、プログラミングが幅を効かせているのか。
だけど僕は絶対ありえなくても「もしも」という思考があるだけで、ある意味救われるのだろうと思っている。
もしも、わらびが会計事務所に勤めていたら、仕事を紹介してもらおう。