たー坊の日記

読むこと、聞くこと、書くこと、世界の探求

失われた時間を求めて

竹内まりやさんの「駅」は、酒を飲みながら繰り返し聴いていると、人目もはばからずに号泣してしまう恐ろしい曲です。

なんでそんなことになってしまうかなぁと折にふれて考えてきました。

歌詞をつらつら追いかけてみるに、よくできたストーリーだとは思いますが、僕自身にはあんまり縁のない世界でした。

全然といってもいい。

それはそれで切ないわけですが、そもそも「駅」は失われてしまった何かをライトモチーフにしています。

失われてしまった何かというのは、たぶん時間です。

だから普遍的で、いろんな人の心に響くのだろうと思います。

糸井重里さんはラジオで、歌詞にある「2年の時が」という半端な時間が、完全に忘れた訳でもなく、いわば生煮えの感情みたいになっているとおっしゃっておられました。

ちなみに「駅」のモデルは、東急東横線の渋谷駅だそうで、僕にとってはいろんな意味で懐かしい場所です。

それと矛盾するようですが、サビに「懐かしさの一歩手前で こみあげる苦い思い出に ことばがとても見つからないわ」とあります。

一つの仮説として、繰り返し聴いて自分の心の地層を掘っていくうちに「懐かしさの一歩手前に」戻るのではないかと思います。

そしてストーリーになっている歌詞をばらばらにして、文脈を差し替え、「懐かしさの一歩手前」とか「こみあげる苦い思い出」とかのことば自体に帰っているのです。

誰しも苦い思い出の一つや二つはあります。

そのようにして曲と自分が最高潮に盛り上がったとき、「思わず涙あふれてきそう」という詩に誘われて、こちらも涙するのです。

まるで竹内まりやさんに「ここで泣きなさいよ」とスイッチを入れられたロボットみたいに。

 

 

Expressions (通常盤)

Expressions (通常盤)

 

 

グルダの美学

マルタ・アルゲリッチの伝記を読んでいました。

アルゲリッチが故郷のアルゼンチンを離れ、オーストリアのウィーンで師事することになるのがフリードリヒ・グルダです。

アルゲリッチは「グルダの美学」に惚れ込んでいました。

一般的にピアノソナタでは、男性的な第一主題と比べて、第二主題は静かで柔らかく女性的なのだそうですが、グルダのリズムは変わらず、妙なしなを作ったりしないのだそうです。

はじめにリズムありきということでしょうか。

へえ、そりゃどんなものだろう?という好奇心から、グルダベートーヴェンピアノ曲集を購入して聴いてみました。

ピアノソナタ第17番「テンペスト」を聴いていると、グルダの演奏は正確な打鍵で安心感があります。

名だたる巨匠でも音を外しまくる人が時々いて、落ち着かない気分になることがありますが、その点ではこの師弟は心配しなくてもよさそうです。

テンペスト」みたいな起伏の激しい曲でほっとするというのも、おかしな話ですが。

ヘッドホンで聴きながら酒を飲んでいたのですが、3楽章のなんともいえず伸びてくる高音と低音を繰り返し聴いていると、時間が経つのが惜しいと感じました。

圧倒的な技術と陶酔感。

おかげで翌日は二日酔いでつらかったです。

 

 

Beethoven: Piano Sonata No. 1-32, Piano Concertos No. 1-5

Beethoven: Piano Sonata No. 1-32, Piano Concertos No. 1-5