冒頭からネタバレ?『ロング・グッドバイ』を読み返す
“The first time I laid eyes on Terry Lennox he was drunk in a Rolls-Royce Silver Wraith outside the terrace of the Dancers.”
Raymond,Chandler. The Long Good-bye. PENGUIN BOOKSより。
これはレイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』の最初の一文です。
久しぶりに翻訳を読み返していたら、意味がよくわからない箇所があったので、原文にあたってみました。
出だしを眺めていると、色が多用されていることに気がついて、なにかありそうだぞと思いました。
よく読むと、後に頭部を殴られて殺されるシルヴィア・レノックスの髪の色が赤になっていて、これは色の使い方で事件の様子を暗示的に描写しているんじゃないかという仮説を思いつきました。
この時シルヴィアは、青いミンクのショールを肩に掛けています。
これはどういう仕掛けでしょうか。
事実関係では、アイリーン・ウェイドが、シルヴィア・レノックスと自らの夫のロジャー・ウェイドを殺し、そのあげく自殺しただろうということになっています。
しかし、『ロング・グッドバイ』は事件を伝聞で伝えるのみで、殺人シーンや自殺シーンの直接的な描写はありません。
そこで冒頭のシーンは、暗示で事件の真相を表現していると考えます。
最初の原文に戻ります。
この小説はフィリップ・マーロウが語り手です。
でも、仮に冒頭のシーンが事件を暗示しているとします。
そうすると、laidはredと発音が似ているので、laid eyesを赤目という意味にとると、最初の文が、赤目のテリー・レノックスことポール・マーストンが供述を始めたと読めなくもない。
そうすると読み自体が3層に別れて、おもしろくなります。
フィリップ・マーロウの層、ポール・マーストンの層、そして作者レイモンド・チャンドラーの層。
小説からはチャンドラーの作意から私生活まで汲み取れるだろうと思いますが、このエントリーでは作意に限定します。
さて、冒頭のシルヴィアが掛けた青いミンクのショールは、なんの暗示かというと、アイリーン・ウェイドだろうと思います。
なぜならアイリーンは、シルヴィアの姉、リンダ・ローリングに不感症の女と何度か嘲られているからです。
不感症で冷たい(死体も)ことを、青でイメージさせているのです。
こう書くと、アイリーンがとても気の毒になるのですが、まさにそう思っているのがポール・マーストン(及びフィリップ・マーロウ、レイモンド・チャンドラー)なのだろうと思います。
なぜなら、若きポール・マーストンとアイリーンは愛し合っていたからです。
実際、こうやって読むと、「ギムレットを飲むには少し早すぎるね」という有名なセリフの意味や、最後の「警官にさよならを言う方法はまだみつかっていない。」という文の意味が、ポール・マーストンの層でおもしろみを出します。
「ギムレット〜」のセリフの前には、「瞳の色だけは変えられない。」とありますが、察するに、酔っぱらっていたんじゃないかと。
シルヴィア事件の時、テリー・レノックス(ポール・マーストン)は泥酔して目が赤くなっていたんじゃないか。
つまり、早い時間から飲んでいたということを、反語として自嘲しながら告白した。
また、この小説をポール・マーストンの「長い供述」として読めば、赤目は警官を前にしての悔悟の涙目とも読めます。
さらに最後の「警官にさよならを言う方法はまだみつかっていない。」は、翻訳を読んでいて唐突といえる終わり方だと思うのですが、ポール・マーストンの供述という層で解釈すれば、まだ取り調べが終わってないということじゃないかとも思えます。
ポール・マーストンがなんらかの意味でアイリーンを殺したのです。
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