人にやさしく6・・Good Luck
看護師さんというのは、用事があるときか、こちらがナースコールしないかぎり病室には来ないものです。
看護師Aさんは顔つきが柔らかくなったと言ってくれたのですが、一回だけふらっと病室に遊びにきてくれました。
少しだけ世間話をすると、仕事に戻っていかれました。
可愛らしくて、気のいい人だなあと思いました。
振り返ってみると、後にも先にもその時一回きりでした。
入院して11日目の月曜日の早朝5時、早番だと思うのですが、看護師Bさんが病室にやって来ました。
看護師Bさんには、何度かオムツを替えてもらったりしてお世話になりました。
その日の看護師Bさんは、元々重そうだった目を腫らしていました。
ぼくは彼氏と喧嘩したんだろうかとか、深酒でもしたんだろうかと、あらぬ妄想を膨らませるのですが、看護師Bさんは笑顔を崩しません。
朝日の刺す病室で、ぼくは世界の美しい光景の一つを見たのだろうと思います。
その月曜日、病院に重症の患者さんが入ってきて、ぼくは個室から相部屋に移るよう告げられます。
個室の病棟は満室だったからです。
正直、病院に残るべきかどうか迷いました。
すでにゆっくりだったら歩けるまで回復してはいたのですが、まだまだ戻りきってはいない。
リハビリは始まったばかりでした。
また、ずっとお母ちゃんに付き添ってもらっていたのですが、相部屋だとそれはできません。
お父ちゃんにも出雲まで何度も車で通ってもらっていました。
そんなのいつまでも続けられない。
ぼくだっていつまでも旅先の病院に入院しているのはどうかと思いました。
困ったぼくは、作業療法士さんに車いすで初めてリハビリ室まで連れて行ってもらってリハビリをしながら、相談しました。
もう少し入院してリハビリをされてからの方がいいと思いますと言われました。
やっぱそうだよねと思い、出雲に一人で残って、もう少し入院していようと思いました。
そして病室に戻ると、ちょうど看護師Aさんがいたので、相部屋に移りますと言いました。
了解の旨とともに、看護師Aさんの目は涼しげな無表情でした。
作業療法士さんに車いすで病院内の食堂とかトイレを案内してもらいました。
一巡りして帰ったときに、それは虫の知らせとしか言いようがない直感が電撃的に働きました。
ぼくは退院して鳥取に帰ろうと決めました。
病院に不満が少しもなかったわけではありませんが、それよりいかんせん集団生活に慣れていない。
相部屋に乗り切れなかったのです。
ちょうどお父ちゃんも来ていた日だったし、そろそろいいかなとか、そんな理由でした。
退院したいと看護師Aさんに告げて、担当医の判断を待ちます。
しばらくして退院の許可が出ます。
先生もやはり家から遠いことを最初から心配されていました。
そして浅黒い肌をしたサーファーみたいな担当医が病室に顔を見せると、まだ少し早いかもしれないけれどと前置きしたうえで、「気がついたら君がここで一番元気になってたんだよ」と言われます。
そして「若いっていいね」とポンとぼくの肩を叩いて病室を出て行かれました。
病院から紹介状を受け取ると、ぼくと両親は病室を出てナースステーションに挨拶に行きました。
看護師AさんとBさんは仕事中なのかなんなのかいらっしゃいませんでした。
病院に支払いを終えて退院すると、車の後部座席に横になって窓から島根の空をずっと見上げていました。
この旅行の初期の目的3つのうち、出雲大社に行くことと竹野屋旅館を見ることは叶いませんでした。
再び、ザ・ブルーハーツの「人にやさしく」から。
やさしさだけじゃ 人は愛せないから
ああ なぐさめてあげられない
期待はずれの 言葉を言うときに
心の中では ガンバレって言っている
聞こえてほしい あなたにも
ガンバレ!
(おしまい)